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東京高等裁判所 昭和37年(う)559号 判決

被告人 佐野正太郎

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮五月に処する。

原審未決勾留日数中二〇日を右刑期に算入する。

原審並に当審訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

控訴趣意第一法令の解釈適用の誤りの主張について、

所論に基き原判決を検討すると、原判決は本件公訴事実中「被告人が判示第一の日時場所において、判示車輛を運転中、判示事故を惹起したのに、その事故発生の日時場所等法令に定める事項を、直ちにもよりの警察署の警察官に報告しなかつたものである。」との点について、道路交通法第七二条第一項後段の警察官に対する報告義務は、同法条項前段に定める被害者の救護、道路における危険防止等の措置義務の履行を確実ならしめる目的を以て定められたもので、このことは右報告義務の内容として「当該事故について講じた措置」を掲げてあることからも明白である。したがつて、同法条項後段の「この場合において」とは、同項前段全文を受け、交通事故を惹起した際、車輛等の運転を停止して負傷者の救護その他必要な措置を講ずる場合をいうのであり、交通事故を惹起しながら車輛等の運転を停止しないでそのまゝ現場を立ち去る場合は同法条項前段の違反のみが成立し、後段の適用はないものと解するのが相当であるとし無罪の言渡しをしたことは所論のとおりである。

そこで審按するに、道路交通法は道路における危険の防止と、その他交通の安全と円滑を図ることを目的とするものであり、同法第七二条第一項は右目的達成のため、車輛等の交通により人の死傷、物の損壊等の事故発生した場合の措置として、その前段において当該車輛の運転者その他の乗務員(以下運転者等という)に対し、直ちに車輛の運転を停止し、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置(以下救護措置と略称する)を講ずべきことを命じ、その後段において、右交通事故発生の日時、場所、右交通事故による死傷者の数、及び負傷者の負傷の程度、並に損壊した物、及びその損壊の程度、並に当該交通事故について講じた措置をもよりの警察官に対し報告すること(以下報告義務と略称する)を命じている。これはいずれも、交通事故発生による負傷者の救護並に交通秩序の回復を図ることを目的とするものであるが、同条項前段の趣旨は事故発生に関係ある運転者等に対し、先ず応急の救護措置を執るべきことを命じ、その後段は、もとよりの警察官に対し交通事故の発生を知らせ、警察官による万全の救護措置を執らしめ、以て負傷者の救護並に交通秩序の回復に遺憾なからんことを期する目的を以て、運転者等に警察官に対する報告義務を課したものであつて、両者はその窮極の目的を一にしながらも、その義務の内容を異にし、運転者等に対し各別個独立の義務を定めたものと解する。その故にこそ、これに対する罰条も、前段の救護措置違反については道路交通法第一一七条、後段の報告義務違反については同法第一一九条第一項第一〇号に各別に規定してあるのであつて、前段の救護措置を執つたからといつて後段の報告義務を免かれず、また、前段の救護措置の義務に違反した場合だからといつて後段の報告義務が消滅し、その罪を免かれるべきものでもない。

尤も、道路交通法第七二条第一項後段冒頭の、「この場合において」の文言について、右は同条項前段の全文を受け、「運転者等が負傷者の救護措置等を講じた場合においては」との意味に解せられないことはないが、これを立法の変遷についてみるに、右法条に該当する旧道路交通取締法施行令第六七条第一項は、車馬等の操縦者等に対し、交通事故の被害者に対する救護措置を講ずべきことを命じ、同条第二項において、前項の車馬等の操縦者は同項の措置を終えた場合において、警察官が現場にいないときは直ちに事故の内容、及び同項の規定により講じた措置を警察官に報告すべき義務を定めていた。この場合においては、救護措置を講じた場合においてのみ報告義務が発生する趣旨に解し易いのであるが、新道路交通法はこれを改め、前記のとおり規定し、且つ、旧法施行令では両違反行為はいずれも道路交通取締法第二四条第一項の規定に違反したものとして、同法第二八条第一号の罰則に該当するものとされたのに対し、道路交通法では第七二条第一項前段と後段の違反につき、各別個の罰則を設けた点からみると、「この場合において」とは同条項前段中の「車輛等の交通による人の死傷又は物の損壊があつたとき」を受けて、右の場合に警察官に対する報告義務のあることを定めたものと解釈するのが相当である。原判決は道路交通法第七二条第一項後段の報告義務は、同項前段の救護措置義務の履行を確実ならしめる目的を以て定められたものであり、このことは右報告義務の内容として「当該事故について講じた措置」を掲げてあることからも明らかであると説くけれども、前記のとおり同項後段の報告義務は、警察官による迅速な負傷者の救護、並に交通秩序の回復を目的とするものであつて、運転者等による救護義務履行を確実にする趣旨の規定とは認め難い、「当該事故について講じた措置」を警察官に対する報告事項の中に含ましめたのは、右の措置を講じた場合、その内容を警察官に了知させることがその後の警察官の救護活動に便宜だからであつて、若し、運転者等において救護措置を講じなかつた場合には、固より、その措置につきこれを報告する必要のないことは自明である。従つて、右の規定があるからといつて、報告義務は救護措置を講じた場合にのみ成立すると解するのは正当でない。

以上のとおり、道路交通法第七二条第一項前段の救護措置を怠つた場合においても、なお、同後段の報告義務が存するものと解するから、これに反する原判決は法令の解釈適用を誤つたものであり、右は固より、判決に影響を及ぼすことが明らかである。よつて、論旨は理由があり、原判決は破棄を免かれないから、その余の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条第一項第三八〇条第四〇〇条但書に則り原判決を破棄し、当裁判所において、更に次のとおり判決する。

当裁判所が新たに認めた罪となるべき事実は、次のとおりである。

第四、被告人は昭和三六年四月一五日午後一一時過頃、静岡市栄町九番地の一地先交差点において、自己操縦の普通自動車を杉山利雄操縦の自動三輪車に衝突させ、右三輪車助手席に同乗していた杉山ちえに全治約四〇日を要する左鎖骨骨折の傷害を負わせ、且つ、右自動三輪車を損壊しながら、右事故発生の日時、場所等法令に定められた事項を、もよりの警察署の警察官に報告しなかつたものである。

右事実は、原判決挙示の証拠により、これを認めるに十分である。

原判決が証拠により確定した事実及び前記第四の事実を法律に照らすと、被告人の原判示第一の所為は刑法第二一一条前段罰金等臨時措置法第二条第三条に、同第二の所為は道路交通法第六四条第一一八条第一項第一号罰金等臨時措置法第二条に、同第三の所為は道路交通法第七二条第一項前段第一一七条罰金等臨時措置法第二条に、判示第四の所為は道路交通法第七二条第一項後段第一一九条第一項第一〇号罰金等臨時措置法第二条に該当し、これらの罪と原判示確定裁判を経た罪とは、刑法第四五条後段の併合罪であるから、同法第五〇条により未だ裁判を経ないこれらの罪につき更に処断すべく、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから、各所定刑中禁錮刑または懲役刑を選択した上、同法第四七条本文第一〇条により、最も重い原判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で、被告人を禁錮五月に処し、刑法第二一条に従い、原審未決勾留日数中二〇日を右本刑に算入し、原審並に当審訴訟用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文に則り、全部被告人の負担と定める。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺好人 目黒太郎 深谷真也)

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